Monday, December 24, 2012

マルコフ行列の中の著者達: どの著者がもっとも人々に影響を与えたのか? (23)


Again, at which station am I?

2つの街の人口の移動の関係を用いて Eigenanalysis に関して説明してみた.これは Berlin の S-Bahn の例に用いることもできる.その方法を示そう.

街の人口の推移と同様,駅間での人の移動ということを考えることができる.隣の駅に行く可能性はどの場合も同じとしてみよう.この場合,隣かそうでないか,つまりトポロジが人の移動形態を決定する.この移動可能性を示す行列は隣接行列のカラムを正規化することで作ることができる.もしある駅が2つの駅に接続されていたならば,各駅に移動する可能性は 1/2 づつになる.同様に3つの駅に接続されている場合には各接続されている駅に移動する可能性は 1/3 である.これは最初に隣の駅に行く可能性をどの駅でも同じと仮定したからである.違うモデルを用いることもできる.駅の隣接行列をこの可能性の行列に各カラムを確率として\(L_1\)で正規化すると,以下のようになる.(細かいことになるが,ここでは確率を考えているので,\(L_1\)ノルムを使用した.)
\begin{eqnarray*}
 \left[
  \begin{array}{cccc}
   1 & 1 & 0 & 0 \\
   1 & 1 & 1 & 1 \\
   0 & 1 & 1 & 0 \\
   0 & 1 & 0 & 1 \\
  \end{array}
 \right]
 \rightarrow
 \left[
  \begin{array}{cccc}
   0.5 & 0.25 & 0   & 0 \\
   0.5 & 0.25 & 0.5 & 0.5 \\
   0   & 0.25 & 0.5 & 0 \\
   0   & 0.25 & 0   & 0.5 \\
  \end{array}
 \right]
\end{eqnarray*}
これが隣接行列から生成された S-Bahn の Markov Matrix である.

octave で各駅に滞在する可能性がどのようになるか計算してみよう.
octave:10> Mb =
[0.5 0.25 0 0; 0.5 0.25 0.5 0.5;
 0 0.25 0.5 0; 0 0.25 0 0.5];
octave:11> [L D] = eig(Mb)
L =
2.88e-01  8.16e-01 -3.77e-1  1.25e-01
-8.66e-1 -4.83e-16 -7.55e-1 -3.25e-16
2.88e-01 -4.08e-01 -3.77e-1 -7.61e-01
2.88e-01 -4.08e-01 -3.77e-1  6.35e-01
D =
Diagonal Matrix
  -0.2500       0       0       0
        0  0.5000       0       0
        0       0  1.0000       0
        0       0       0  0.5000
octave:12> x1 = L(:,3)/ sum(L(:,3))
x1 =
   0.20000
   0.40000
   0.20000
   0.20000
 3 番目のカラムベクトルを使ったのは,3番目の固有値が1だからである.1000回行列 M を適用した場合も計算してみる.
octave:16> Mb^1000 * w
   0.20000
   0.40000
   0.20000
   0.20000
1000 step 移動した際の各駅にいる可能性はそれぞれ 0.2, 0.4, 0.2, 0.2 である.どの駅から出発しても十分長いステップ移動するとこの値に近づくが,それは既に固有値解析によってわかっている.駅のトポロジを思い出してみると(図 7),二番目の駅,Alexanderplatz, に滞在する可能性が高い.この例では Alexanderplatz がハブの役目を果たしているからであるが,ハブとなる駅には他の駅に比較してどれだけ人が集まるのかが計算できた.
Graph example 2. Each node is a train station.

これで基本的な理論は説明した.では著者の重要性とどの駅にいるかはどういう関係なのだろうか.既にこれらは同じグラフというもので示されることを見てきた.グラフという観点を持てば,駅のネットワークを移動してどの駅が重要であるかを計算することと,著者の関係ネットワークを移動してどの著者が重要であるかを計算することは,同じである.人間の解釈は異なるが数学ではこれらは同一である.数学では形が同じものは同じなのである.それは \(2+3=5\) の各数字が牛乳を示していても,ユーロであっても,時間であってもこの計算が正しいことに似ている.2リットルの牛乳と3リットルの牛乳を合わせれば 5 リットルであり,2時間と3時間を合わせれば5時間であり,2 ユーロと3ユーロを合わせれば 5ユーロであるように,数学では同じ形には様々な解釈はあるが,これらは量の加算としては同じものである.グラフを駅のネットワークと見るか,著者間の関係と見るかはただの解釈であった.

このように抽象化することは意味を失うとして人間的でないと嫌う向きもある.この感情は私にはよく理解できる.全てをお金に換算して価値をお金の数字としてしか見ないことは数学的抽象化に似ており,それが全てであるとは思えない.しかし,お金がさまざまな価値と返還できることは,数学的な抽象化が,様々な問題に適応できることにも似ている.つまり未知の問題にも過去の知識が適用できる可能性がある.これは数学を重要な道具にしてきた.個人的には,問題に対してどこまで抽象化を行うかというバランスが大事であると思う.あまりに無理な仮定から抽象化を行うとそれが実際の問題とあまり合致しないにもかかわらず,つまり意味がまったくないにもかかわらず,その答えに意味があるように錯覚してしまうからである.これはお金が全ての価値であると考えると,様々な弊害が起きてくることに似ている.この部分は,(応用)数学者の人間が問われる部分でもある.私は,人間性と数学の関係はあまりないというのは誤解であると思う.問題を解くことは数学者の感情からであることは既に述べたが,数学者の質というものは人間性に関わってくることは私には興味深い.

No comments:

Post a Comment