Sunday, September 27, 2015

兎のエゴンと私: 避難民について

I: ここのところ戦争による避難民がやってきている.

Egon: また人間は度し難いという話かな.君達はうさぎのように生きるべきだ.または賢いイルカのように生きればいい.

I: もちろん原因を考えると度し難い.もともとの原因を作った人間達は遠くで知らんぷりだ.今日はしかし私とのかかわりを考えた.

Egon: 君が避難民に何かできるのか.

I: この国にとって避難民は大きなチャンスであり,また大きな危険でもある.この国は高齢化が進み,人口は減少している.80 万人の避難民がもしこの国の力となるのなら,これほどのチャンスはない.彼らが産業界の労働力となり,知識の拡大に貢献し,税金,年金,医療保険を払うことができたらどれほどの利益となるか.しかし一方,負担になれば大変だ.

Egon: 人間は愚かだから必ずへまをする.へまをするとわかっていてもへまをする.

I: 私は思ったんだ.これは子どもの教育に似ている.子どもの教育はとてつもない可能性だ.しかし,それを愛を持って行なわなければひどいことになる.私は子ども達に週に2時間算数を教えて,実は癒やされている.友達の子どもの世話をするのも実は楽しい.まあ,それは月に何日かだけだからかもしれないが.

Egon: そして,うさぎと会話をするようになった.大丈夫かね.君に算数を教わっているという子ども達が心配だ.

I: 実は私はこの国の人達が好きなんだ.もしかしたら国はどうでもよくて,多分人間一般が.

Egon: それはなかなか人間としては変わっているようだね.

I: 私は避難民の子ども達に算数を教えてみたい.もし需要があるのなら,私のドイツ語や英語でよければ教えてみたい.彼らの考えを学んでみたい.

Egon: それが君のアイデアか.どれだけのことができそうかね.こういうことはあんまり無理をして続かなければ仕方ない.

I: 1週間に2時間程度かな.

Egon: ふーん.大きなことを言うわりにはそんなものか.

I: それなら今までも続けてこれたし,これからもできるだろう.

Egon: ...

I: 大きなチャンスというのは,大きな失敗にもなる.子どもの教育にはもっと時間がある.でも,多分2年後にこの国の人達が外国人を嫌う傾向になるか,それともその逆か.多分今が重要な時だ.

Egon: 上手くいくと思うかね.

I: さて,どうかな.私の友人は排他主義者ではないが,政府は失敗すると思っている.

Egon: 君の友人が排他主義者なら,そもそも友人になれないだろう.逃げる準備をしておく気かね.

I: 政府が失敗するなら民間で成功すればいいと思う.この国に住む人達の中には私を攻撃する人もいたが,受け入れてくれた人が沢山いた.私はパートタイムで戦うことになるだろう.

Egon: 戦い.

I: 無理解と非寛容に対して,私は週に2時間のパートタイムの徒手空拳で戦うのさ.これらと軍事力と戦って勝利した者はいない.私のパートタイムの方が可能性はあるだろう.

Egon: 軍事力で勝利することもできるさ.人間には全ての人間を滅ぼせる力がある.無理解と非寛容なのは,人間だけだ.論理的に考えてみればいい.全ての人間がいなくなれば,問題は全て解決できる.

I: 私のような変わり者がいなくなれば,それもやがて現実になるだろうから,それが起こるまでは考えないことにするよ.

Egon: それで,何からはじめるのかな.

I: これさ.君との会話.

Egon: ...

この会話を読んだ人で,私が Berlin でできることをご存知の方.コメントを頂ければ嬉しいです.

兎のエゴンと私: 不便な頭脳

「もし1ヶ月が1学年だったら,私はもう25年生だよ」とその8歳の子は私に言った.「そうだね.1ヶ月が4週間としたら,そして1週間が1学年だったら,君は何年生?」 と私は尋ねた.でも,もう彼女はこの考えに興味を失なったみたいだった.

I: Egon 君は誰かを愛しているのかい?

Egon: 愛? それはどういう意味かな?

I: ... 説明は難しい.もし私が誰かを愛しているとしたら,私はその人を大事に思う.その人が大丈夫であることを願う.その人が幸せであることを願う.

Egon: それが愛ということなら,私は全てを愛しているね.

I: 私はある人を愛している.でも全ての人ではない.

Egon: どうして?

I: さて,どうしてか...もし私がある女性を愛していたら,私は彼女と一緒にいたい.でも全ての女性と一緒にいたいわけではない.

Egon: 君は誰かを愛している.どうしてその人と一緒にいたいのか?

I: なぜかはわからないが,もし私が誰かを愛していたら,その人と一緒にいたいと思う.

Egon: まあ,良い話だね.

I: どうなんだろう.実際は,私が好きな人は私のことが嫌いだったりする.何人かの女性が私に語ってくれたところでは,好きでもないのに好かれるのは気分の悪いものだそうだ.そして私はこれまで 2 人の女性に私に面と向かって気分が悪いと言われたことがある.

Egon の片方の耳は私の方を向いて聞いていたようだが,もう一方の耳は他を向 いていた.私との会話に飽きてきたのだろう.

I: こういう話がある.話の中ではある男はある女性に毎日花を贈っていた.彼は毎日彼女と少しの時間を過ごすのが楽しかった.でも,その女性はある病気でもう多分長くない.ある日,灰色の男がやってきて,男は彼に話をする.彼がいかに時間を無駄にしているのかを説明する.

Egon: ...

I: 私は彼が時間を無駄にしているとは思わないんだ.

Egon: 何かが無駄かどうかは個人の認識による.

I: 灰色の男は他の女性をみつける方が良いという.いつか彼は彼女を失なう.それは彼にとって苦しみとなるだろうと言う.

Egon: いつでも人は何かを失う可能性がある.長生きが良いとは限らない.

涼しい風が吹いた.太陽が優しく私を照らした.Egon は葉を食べていた.

I: 君は幸せなのかい, Egon?

Egon: 君の質問の意図がわからない.どうしてそう尋ねるのかね.

I: 私は幸せは重要なものだと思っていた.でも,今はどうなのかわからなくなった.幸せについて考えることで,私は不幸になっている気がする.

Egon: でも,考えを止めることができない.そうだろう?

I: できない.

Egon: 君もかつては 8 歳の子どもだったことがあるだろう.あの子は時々君が悲しそうだとと言っていた.

I: 私は自分が悲しそうかどうかわからない.でも,私は彼女の直感を尊重したほうがいいと思う.

Egon: 君は自分の心が何を言っているのか聞こえるようだ.でも,それに従うことはまた別のようだ.君の頭脳は不便なようだ.君は考えることができる.君は感じることができる.そしてそれが君を悲しくする.

不便な頭脳.多くができることは少なくしかできないことと同じ.私はより深く考えることができるのに,それが,私を悲しくする.私はより喜びを感じることができることで,それは同時に痛みを多く感じることにもなる.灰色の男はいわゆる「理性的な考え」ということも代表している.バーナード・ショーが理性的な人間について何か言っていた...

ところで,私の最初の問いの答えは 100 年生だ.私はたくさんのくだらない答えを知っているのに,1つも重要な答えを知らない,と君は言うだろうね,エゴン.

謝辞

学年というのは単なる数字にすぎないかもしれないことを教えてくれた I.M.R. に感謝します.

Saturday, September 26, 2015

兎のエゴンと私: 見えない惑星を発見することの不思議さについて (3)

(前回からの続き)

I: 檻の話はどうやらまだまだ続くのかもしれない.でも,それはもっと考えてみたい.そして,最初の天体の話が途中だった.不思議が素敵に変わっていくという話も.

Egon: ...

I: 天体がどう動くのかというのは物が落ちるということと同じということを発見した人がいた.その人の考えにしたがって,ある惑星がどう動くかを計算したら,どの惑星もその通りに動くことがわかった.望遠鏡がないと見えない小惑星というものが新しくみつかって,それも同じ法則に従っていることがわかった.つまり,この太陽系の中をそうやって見ていくと,物は落ちるということが,同じ規則で起っていることが繰り返し繰り返し観測されてきた.

Egon: 君の,いや,人間の世界が太陽系の中に広がっていったと.その中の規則がわかり,望遠鏡で見ると例外がみつからない.

I: いや,例外があったのさ.少し動きが怪しい惑星があったんだ.そこで2つの考えがでてきた.1つは私達の観測してきた他に何かの規則があること.たとえば,万有引力が働かない世界,物が落ちない星がある.つまり,私達の知っている世界の規則が不完全だという考えが1つ.

Egon: ...

I: そして.もう1つは,ある場所にまだみつかっていない惑星があれば,その動きが例外でなくなるというものだ.つまり私達の知る世界の規則は同じだが,単に知らない惑星があるという考えだ.

Egon: その時に君は地球上でない遠くでも物が落ちる規則は同じことを信じて,そこに惑星があると思うわけか.そして惑星が思っているように動いている時には,他には惑星はないと思うわけか.

I: その通り,だから私は惑星がそこに見つかったことを不思議に思わないんだと思う.もし惑星が計算した通りの場所にないとなると,そこには万有引力が働かない,つまり,「物が落ちない」ことが宇宙で起こっていることになる.物が落ちない?  その方が私には信じられない.つまり,見えない惑星が見つからないことの方が私には大問題なのさ.そして見えない惑星がそれでみつかることは,私達が世界の一部が理解できているということをサポートすることだ.私はまだ一貫して世界を持っている.それはさらなる理解の土台となる.それが素敵だと思う.

Egon: 重力の起源はわかっていないのだろう.君が知っているのはそれがどういうふうにふるまうかだけで,なぜかは知らない.君の友人は,もしかしたら,物は落ちない星があってもいいという考えかもしれない.他の原理があって,物が落ちるというのは単なるその原理の一面なのかもしれない.そうでないことが不思議かい? 羽がなくても自由に空の飛べる星なんて素敵じゃないか.最初はあたり前と言ったが,君が見ていること,物は落ちる,ということが宇宙のどこかでは間違っていることだってあるという考えも悪くないと思うね.

I: それには反論できない.わかっているのは法則だけ.コンピュータのプログラムの間違いを直す時,このボタンを押せばクラッシュすることはわかっているけれども,何が間違っているのかがわからないのと似ている.「ボタンを押すとクラッシュするの法則」を知っているだけで,なぜクラッシュするのかはわかっていないようなものだ.だから君が正しい可能性も否定できない.ただ,宇宙をいろいろと見て物理学者達は「宇宙では物は落ちる」と信じることにしたのさ.そして私もそれを信じている.質量保存の法則や,エネルギー保存の法則,慣性の法則とかも似たようなものだ.どうしてそうなるかをわかっている人は多分いない.でも,法則はいつも正しいようなので,もう不思議に思わなくなってしまった.物理学者達は法則の修正をしたりはしたが,法則が根本的に間違いというのはなかなか信じられない.そういう可能性はあるとしても.

Egon: 君の友人がもしそれを不思議に思うとしたら,天才かもしれない.

I: ところで,私にある先生がなぜ物が落ちるのか? と問題を出したことがある.「わかりません」,と答えたら,「重力の法則があるから」が答えだったので,この先生は重力の法則を理解していないことを知ったことがある.

Egon: 名前をつければわかった気になるものさ.君だった私をはじめて見た時,「あれは何?」「うさぎの Egonだよ」「へー,そうなんだ」と言っただろう.私の何に納得したのかい? 私の何を知ったのかい?

I: 名前があると知っただけさ.もちろん君について何もわかっていないことは気がついているよ.生まれた場所から離れて暮らすと,「どこの国から来たの?」と聞かれることは多い.国の名前を答えて,そこから会話が弾むのならともかく,それで私を全て理解したような人もいるのは知っている.君がうさぎと知ったことで私が君の個性を理解したわけじゃあない.

Egon: それはどうも.

I: ... でも,保存則もそうだが,あまりにも不思議ではなくなってしまっている.私にとって,もし,何かがなくなった,ということは誰かが取ったということだ.私の家にクッキーがあって,友人が遊びに来て帰ったらそれがなくなっていたとする.そして私はクッキーを食べていないとしたら?

Egon: 君はクッキーが突然歩いて逃げたとは考えない.友達が食べたと思うわけだ.

I: その通り,私の家の中のクッキーの量は保存する.私はクッキーの保存法則を信じている.誰かが食べない限り,クッキーはそこに存在する.なくなったということは,取った人がいるということだ.見えている惑星が少しおかしく動くのは,そこに見えない惑星があるに違いないと思うのと同じように,私はクッキーがなくなれば,誰かが取ったと信じる.つまり見えないことが,何かあったことの証明になると思っている.

Egon: あるいは君が年をとって,自分で食べたことを忘れるということもあるかもしれない.物は落ちる.もしかしたらクッキーも落ちて机の下にあるかもしれない.

I: その場合でも私が忘れているだけで,私がクッキーを食べてなくしてしまわない限り,クッキーは保存されるはずさだ.そして,机の下はまだ私の部屋の中だ.私の部屋の中のクッキーの保存則はまだ正しい.これは実は, Feymann の「腕白デニス」の話と同じことでね.この話というのは,...

Egon: そう信じることは,また自分の世界に留まることのようにも思えるが.

I: 信じるだけでは自分の世界に留まることになる.でも,その信じたことで世界を見て,自分で考えることで,少し違うかもしれない.何も考えないことが世界に留まることなのだと思う.

Egon: ...

I: 保存則がみあたらない場合がみつかった時,私達は世界の端に到達したことを知るのさ.クッキーが家の中になくなった.どこにも落ちていない.友達は来たが,彼らは食べていないし,取ってもいない.その時,たとえば部屋の温度が少し上がっているとか,部屋の二酸化炭素が増えているとかいうことがもしわかったら,友達がクッキーを燃やしたというようなことがわかるのさ.燃やしてしまってもクッキーは空気中に二酸化炭素として存在している.燃やしたがために少し部屋の温度が上昇した.つまりクッキーは,燃やされてもなくなったのではなく,他の形で保存される.そして保存されるのは実はクッキーではなく,原子というものだということがわかってくるのさ.そうやって科学は進歩してきた.つまり,世界を広げるためには,信じたことと違うことがみつかることが重要なんだ.新しい不思議がそこには必要だと思う.それが科学の素敵な点でもあると思う.

Egon: そして君はまだクッキーの保存則は世界のどの家でも同じだと信じている.信じている点では宗教と同じようだな.

I: 私は科学は一種の宗教だと思う.「人間は宇宙の一部を正しく理解できる」と信じるのが教義だ.ただし,人間が何を言ったかということは関係なく,機械に観測できる形で事実を再現できないといけない,そして常に新しいことを考え続けるということも必要だ.こういう条件があるのが多くの宗教と少し違うことかもしれない.

この後 Egon は私との会話に興味を失なったようだ.私は Feymann の「腕白デニス」の話を説明したが,彼は何も言わずに人参の葉を食べていた.

謝辞


最初の疑問を下さった H.H. に感謝します.不思議について昼休みに私と議論して下さった友人達に感謝します.いつも私自身を考えなおさせてくれる私の小さな生徒であり先生である子達に感謝します.この話をいつも私に inspiration を与えてくれる R.M. に捧げます

Thursday, September 24, 2015

兎のエゴンと私: 見えない惑星を発見することの不思議さについて (2)

(前回からの続き)

I: 私が遠くの星を物理の法則から見つけるのが不思議ではないと感じる理由で,思いあたることがある.これは少し私の世界が広くなったことだからだと思う.でも,それが十分広いと思っているわけではないんだ.私が傲慢になって,世界がわかった気になって,不思議に思わなくなったということではないと自分で願う.私は世界の一部を学んだことで,不思議なことのいくつかが素敵なことへと変化したんだ.不思議は知識になった.

Egon: ...

I: それにほとんど全ての知識は私の努力で得られたものではない.私は知識を学んだ.それをただ覚えたのではなく,理解したと思いたい.

Egon: ...

I: あまり正確な言い方ではないけれども重力の法則というのは「物は落ちる」ということだ.人間は何千年か地球や宇宙を見てきて,「物は落ちる」ということが宇宙のいろんなところで起こっていることを調べたんだ.

Egon: 人類としての長い時間と努力を経た知識の蓄積がある.

I: どうして落ちるのかは実はわかっていない.私にはよくわからないが,最近ヒッグス・ボゾンに関しての進展があったので,少し重力についての知識は前進したらしい.それでも重力の起源が理解されたとは聞いていない.しかし,いつでも物を投げるとそれは落ちる.石を上に投げると落ちる.ボールを上に投げると落ちる.私がジャンプすると落ちる.君が跳ねても落ちる.

Egon: どんなうさぎでも,いつまでも空には留まれない.うさぎにもそういう言い回しがあったかもしれない.

I: あたりまえと思うかもしれないが,「あたりまえ」とは私や君が「感じる」ことであり,多くは身近な事実だと思う.身近な事実が世界で通用しないこともある.「私の世界ではいつもそうだった.」というのがあたりまえということなのだろう.しかそそれは他でもそうだということではない.この地球上では物はいつも落ちるかもしれないが,それが宇宙の彼方でも同じだとどうしてわかるのか.1000光年向こうでも重力の法則は同じだとどうしてわかるのか.月に行くだけで物の重さは変わるのに.反重力のある星がないとは言えるのか.(とは言っても重力の法則は地球と月では実は同じだが)

Egon: 地上であたりまえのことでも,確かに宇宙普遍の法則ではないかもしれない.

I: あたりまえと思うのは,私の世界でいつも落ちることを見ているからなのだろう.だから落ちないものがあれば不思議に思う.例外に見えること,鳥が飛ぶとかも,熱気球が浮くとかも,実はよく考えてみると,例外ではないことがわかる.熱気球は熱を失なえば落ちる.鳥もいつまでも浮いてはいられない....つまり,いつも物は落ちる.そして物理学ではそれがどんなことかを記述する.「なぜか」ではないが,「どんなものか」を記述する.2つの物体の間にどんな力が働くのかわかる.それはそれぞれの質量に比例し,距離の2乗に逆比例し,ある定数に比例する.

Egon: 何か細かい話になってきた.

I: まったく同じことだが,F = GMm/(r^2) とも書ける.こうすると,日本語とか英語とかによらないし,自然言語のあいまいさがないので,便利だと思う.でも,さっきのややこしいことを,違う言語で書いたにすぎない.英語で書こうが,ドイツ語で書こうが,数学で書こうが,結局,物は落ちるというだけのことさ.

Egon: ...

I: あたりまえというのはある意味心地良いことだ.でもそこに留まっていると自分の世界は広がらない.そしてそういうところに留まることもできる.しかし,世界がやがて私達をつかまえる.その変化していく世界でも生きていくために,私は自分の世界もバージョンアップして少しでも広げていきたいと思う.それが学ぶということだと思う.私の場合,技術者だから新しくなっていく技術についていかないと,やがて技術屋としては生きていけなくなる.それはある意味,心地良いと思う世界から出て行き,広い世界に移動することだ.でもそのためには葛藤を経なくてはいけない.不思議で理解できない世界に入り,理解をしようとする努力が必要になる.めんどうなことだ.

Egon: 君が自分の作った檻に我慢できなくなって,もっと大きな檻が欲しくなった時,その檻を壊さなくてはならない.でも檻の中というのはある意味安全だ.壊しても大きな檻は今の檻よりも住み心地は良くないかもしれない.

I: でも私の古い檻はいつか住めなくなる.私が檻をいつも壊して広げ,新しくしていくか,それとも破局になってから泥縄で対処するか.私はできればいつも新しくしていきたい.破局は早めに対処すると避けることができることが多い.他の破局から学びたい.

Egon: それはしかし勇気のいることかもしれない.外の世界は嫌なものとして嫌って近付かないという選択肢もあるかもしれない.いつまでも母親の後ろに隠れる子どもでいられたらいいと願うこともできる.「檻を開けないで,放っておいてくれ.それが私のあたりまえの世界だから.世界の変化よ止まれ」という生き方もあるだろう.

I: そういう考えもある.ただ,そういう生き物は生き伸びる可能性が低い.滅ぶことが別に問題ではないのなら,そういう生き方も問題ではないが,生き伸びるということが重要なことであれば外に興味を持つことは重要だ.

Egon: 檻に守られていても?

I: どんな檻も完全ではない.いつかは壊れる.だから,一ヶ所に留まって外の世界に興味を持たない生物というのは,その地域の災害,あるいは特定の病気の蔓延などで全滅する可能性がある.しかし,もしある生物が外へと広がるのなら,自然災害から逃れて生きのびるものもあるだろう.単にリスクマネジメントの問題だ.全財産を一ヶ所に賭ければ,一度で全てを失う可能性がある.子どもがいろいろなことに興味を持つのは,様々な世界に対応するためだと思う.檻を壊して世界に広がり,それぞれの場所に苦労して適応する生物は,よりリスクが分散され生きのびる可能性が高い.外の世界に興味を持ち,様々な考えを知ることは,生きのびるための知恵だと思う.それは投資のようなものであり,もちろん失敗も危険もあるだろうが,まったく投資しなければ成功もない.それに子ども達の存在がある.まったく新しいことをしないようにするためには,まったく新しい個体である子は害となる.しかし,子の存在を否定して未来はないと私は思う.

Egon: 全滅しても檻が良いという生命もあるだろう.未来がないことを悪いと思わない考えもある.あるいは,家畜として生き伸びるのも1つの方法だ.

I: 未来のない世界,家畜として生き伸びる.どちらもあまり興味をそそる考えとは思えないが...

Egon: そうかね.自由と命とひきかえに1ヶ月の食事と寝る場所を求める人は多いそうじゃないか.

I: ...

Egon: 君は以前,人間と動物の違いは未来を見て計画をつくれるかどうかと言っていたが,うさぎの世界の未来と,人間の世界の未来とどちらがまともな世界だと思うかね?

I: ...「蜂が滅びれば地上の生命は滅亡するが,人類が滅亡すれば,他の全ての生命は栄える.」...

Egon: ...

話が少し違う方向にいってしまった.私は新しいことを不思議と思うこと,それを自分の世界という檻を広げることと考えた.そこに落ちついてしまう時,私は自分の可能性を否定し,精神的な死となると思う.でも,そこから出ることは簡単ではない.時には自分と少しでも違う人達を排除して,自分の世界に留まるのも楽だと思う.新しい考えを学ぶということは難しいことだ.そして新しい考えはまったく知らない人達から来ることも多い.知っている人達は似たような考えをするからだ.問題は時間が止まっておらず,今でも新しい人々が生まれているということだ.世界は動いている.古い世界はやがて去る,それと一緒に去るのか,あるいは新しい世界を切り開くのか.今のシステムが害となることがはっきりした時でも,そのシステムにしがみついて滅びの道を歩むのか,それとも新しいシステムをまったく新しい考えを持つ人々と苦労をしてでも作っていくのか.私は Egon の隣に座って考えていた.

(次回へ続く)

Wednesday, September 23, 2015

兎のエゴンと私: 見えない惑星を発見することの不思議さについて (1)

Egon を見ているとなぜか心が休まる.そこにいて人参の葉を食べているだけなのだが,ついつい話しかけてしまう.本当は自分で自分と話をしているのだろうとは思うのだが,会話をしている気になるのだ.

I: 先日,友人にこう尋ねられた,「数学や物理学で見えない惑星を発見することは不思議ですね.魔法みたい.」と.

Egon: ...

I: 私には特に不思議でなかった.惑星が発見できることはとても素敵なことだと思うけれども,魔法ではない.

Egon: ...

Egon は興味のないことには答えない.今回も会話は無理かなと思ったが,そうではなかったようだ.

Egon: 不思議に思うこと.それは素敵だと思うな.

I: うーん,そうかな.重力の法則があって,それがあると思っていれば,惑星を発見できることは素敵だとは思うけれども,それ自体は不思議でも魔法でもない.

Egon: いやいや,不思議に思うことの素敵さのことさ.君も昔はいろいろなことが不思議だっただろう?

I: ...

Egon: 不思議に思う心をなくしてしまったとしたら,ちょっと考えたほうがいいんじゃないか.どうして昔は不思議なことがたくさんあったかということを.

I: どうして昔は不思議に思うことが沢山あったのか...今でも不思議に思うことはあるさ.昔と違うだけだと思う.

Egon: 本当にそうかな.不思議に思うということは,自分の世界にないものだからじゃないかな.

I: そして今私の世界は広がった.だから不思議に思うことは少なくなった?

Egon: それはどうかな.世界,あるいは宇宙はとても広い.君の世界がどこまで広いかわからないが,世界の半分まで広がったわけでもあるまい?

I: ...

Egon: 私はうさぎだからうさぎのことを何でもわかっている.と言ったらどう思う?

I: いや,君にも知らないうさぎのことがあると思うね.

Egon: 昨日くれたマッシュルーム,始めて食べたがとてもうまかった.新しい発見だったよ.世界にはいろんな食べ物があるのだろう.

I: すると,毎日が不思議に感じなくなったのは,私が自分の世界に満足して外を見なくなったから?

Egon: 君の友人は君みたいに科学や数学を職業にしている人ではないのだろう? そして子どもでもないのだろう.

I: そうだね.

Egon: その友人が「数学や物理学で見えない惑星を発見することは不思議ですね.魔法みたい.」と言った.素敵だと思うね.

I: 自分の世界を広げようとしない人は何も不思議にも思わない.私は自分の世界に満足して他の世界を見ることを忘れてしまった.ということかな.

Egon: そうかもしれない.

I: すると何を不思議に思うか.ちょっと考えてみることにするよ.

Egon: いい考えかもしれない.

Egon を見ていて,不思議に思った時のことを思い出そうとした.いろんなことが不思議で,周りにある知識が楽しかったことのことを思い出す.家には百科事典があった.あれは面白かった.世界の様々な気候とか,地球の中を図示したものもあった.地震がどうして起こるのか,プレートテクトニクスの説明,火山の分布がプレートの周りにあることを説明した図があった.どうやって地球の中の様子を調べるのかの方法が説明されていた.今思うと,私の両親は,たとえ内容をわからないまでも,いくつかの指標を私に与えてくれていたんだと思う.

それから私と Egon はしばらく無言だった.私は考えをめぐらしていたが,Egonが無言だったのは話すことがなかったからだろう.私は自分がいろんなことを知ったことで,傲慢になって不思議さがなくなったかどうかを考えた.そういう部分もあるかもしれない.でも,多分そうではない部分がある.不思議さは理解によって克服され,ほんの少しあたりまえの世界が広がる.しかしその先にはさらに不思議な世界が広がる.自分の中の世界を広げる.それが学ぶということなのだろうと思う.だから不思議さは素敵さとなる.それを Egon に説明しようと,私は口を開いた.

(次回へ続く)

Thursday, September 10, 2015

カバー・ザ・バッド 2015

本日ご紹介する製品は「カバー・ザ・バッド 2015(モデル:黒)」です.

Covert the bad 2015 (model: black)

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Bad example

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Example of usage of cover the bad

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