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私にとって興味深かった本: 資本論(部分)をエントロピーから見る

半年以上前だが,マルクスの資本論の第一部の半分ほどを日本語で読んだ.最初は商品の価値についてであるが,まわりくどく,何を言っているのが理解できなかったのだが,ある時点でこれはエントロピーのことを言っているのではないかと仮定してみると,かなりの部分がすっきりとした.

物の価値として,まずは人が価値があると「思う」ものとしてあるとしている.しかし価値は労働によって生み出されるので,それこそを基準にすべきだという考えがあるようだ.ここで労働が価値を生む例としてでてくるものに,リネンの価値がある.これは労働,たとえば仕立屋の労働によってリネンそのものは重さや長さをかえなくても,布を服に仕立てることで価値が上がるというものだ.

エントロピーというのはものの秩序などを示すものだ.たとえば家を掃除した場合を考えよう.ちらばっていたほこりが一ヶ所に集まっただけで,ほこりの量が変化したり,エネルギーがどこかにたまるわけではない.しかし,家の中はより秩序だっている状態になると考える.床に服がちらばってものをタンスに片づける場合,服の量が変化したわけではないが,より秩序だっていると考えることができる.それはよりまれな状態であるので,ある意味価値がある.縫いあわされていない布よりも服となったものの方が秩序があると考えられる.そして自然では通常秩序のある状態から無い方向に変化する.部屋はほおっておけばだんだん汚れていき,掃除をしないできれいになっていくことはない.(エントロピーについてのもっと詳細な説明は他に委ねます.)

リネンの布そのものよりも,それが服として仕立てられることや,家を掃除することなどは,エントロピーを下げるものである.マルクスはそれをいろいろな言い方で書いている.ただ,基本的な考えは,当時ではエントロピーを下げるものは基本的に人間の労働でしかできなかった.だからそれこそが価値のあるものだとして,労働を価値の基準のように考えたと私は思った.読んでいて,数式で書いてもらえたら簡単そうなのにと思う部分もあった.

こうやって読むと,簡単なことにも思えたが,それは私が現代の考えを学ばせてもらえたことが大きいと思う.たとえば,物の価値が「人間がそう考えたから」という考えは当時普通の考えではなかったようだし,エントロピーや情報の考えなどは今でこそ体系的にわかりやすく学ぶこともできるが,そういうことがまだ体系化されていない時代に,価値をエントロピーとして見たり,経済の中にそれを導入したことは画期的な考えであったのだろう.

現代の見方をすれば,価値がエントロピーをどれだけ下げるかで決まることなのに,それが人の労働時間へと近似されていることに疑問がでる.現在ではその近似は粗すぎるように思う.単純労働が支配的な時代には,人が同じ時間働けば同じような生産を生むという仮定もできただろう.しかし今はそうではない時代になっている.ただおそらくマルクスは同じ仕事を同じ時間したにもかかわらず,当時は貴族などの階級によって価値が差別されていたことに異を唱えたかったのかもしれないようなところもあった.しかし一方,階級ではなく,ある技能を持った人とそうでない人はその技能について同じ時間働いても同じ価値を生みだすわけではない.クリエイター,芸術家や作家などはその極まった例だと思う.私が有名な作家と同じ時間働いても,生み出される価値は全然違うものだ.私が経験を積んだシェフと同じ時間を働いても,できる料理は経験を積んだシェフの方がずっと良いものになるだろう.また,現在は人間だけがエントロピーを下げるものではなく,コンピュータやロボットがエネルギーと人間の能力とを一緒に使って物を生産(エントロピーを下げる)することができる.マルクスが現代の分業化が高度に進んだ世界や,コンピュータ化させた工場を見た時には資本論をどう書くのか興味がある.

私が読んだのは最初のさわりだけで,これでマルクスの資本論を読んだとはとても言えないことは確かだ.その証拠に私が読んだ所まででは,まだサブタイトルの「経済学批判」の部分がでてこなかったように思う.そのうち続きを読む機会があればいいと思う.単にこういう見方で読むことでわかりやすくなった部分もあったと思うので紹介しておこうと思った.

しかし,マルクスの考えでは Arbeitnehmer (ドイツ語では仕事を取る人: 労働者)と Arbeitgeber (ドイツ語では仕事を与える人: 雇用者) の言葉の使い方は完全に間違えである,というのは面白かった.労働者こそが仕事で価値を与えるので,労働者こそ仕事を与える人であり,このドイツ語の間違いはやがて修正されるだろうとあったが,今でもまだ修正されていない.

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